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六本木ヒルズ開業5年 脱出するヒルズ族の面々(上)

ヒルズ族は死語 ?


六本木ヒルズ開業5年 脱出するヒルズ族の面々(上) (九州企業特報)


 東京・港区の複合施設、六本木ヒルズは4月に開業5周年を迎える。2003年のオープン以来、東京の最先端スポットであり続けた。「ヒルズ族」という言葉が生まれ富の象徴となったが、最近は、新興ベンチャー企業の「脱ヒルズ」の動きが強まった。


 ヒルズ族の御三家に名を連ねた楽天は、3月27日開催の株主総会で定款を変更、登記上の本社を六本木ヒルズから品川区の楽天タワーに変更する。2007年8月から楽天タワーに事業拠点を移し始めたが、これですべて完了する。


 2003年4月に開業した六本木ヒルズには、株式を公開して「勝ち組」と呼ばれた新興ベンチャー企業が、相次いでオフィスを設けた。「ヒルズ族」という言葉が生まれたのは、2004年のプロ野球再編問題や、2005年のメディア買収騒動に主役となったライブドア社長(当時)の堀江貴文氏の登場だった。


 M&A(企業の合併・買収)と合コンに熱中する新興ベンチャー企業や経営者を称してヒルズ族と呼ぶようになった。ヒルズ族は、六本木ヒルズで、芸能人、グラビアアイドル、モデルやスチュワーデス、女子アナとの合コンを頻繁に行う他、夜景を眺めながらホームパーティを開いた。タレントや女子アナの志望者が、彼らとパイプを作ろうと殺到する光景も見られた。ヒルズ族は「富の象徴」として憧れの対象だったのだ。


 しかし、2006年、ホリエモンこと堀江貴文氏が逮捕。ヒルズ族は、一転して、逆風にさらされた。テレビへの露出で時代の寵児と持ち上げられたホリエモンのおかげで、六本木ヒルズはITベンチャーのメッカになった半面、傲慢な拝金主義者の巣というダーティ色に包まれた。六本木ヒルズは「バブルの塔」になった。


「同じビルに間借りしているだけで、(1つに)くくられるのはどうか」

 ヤフーの井上雅博社長は、六本木ヒルズに本社を構えるライブドアなどとともに「ヒルズ族」と呼ばれることに不快感を露にした。


 ヒルズ族と呼ばれたくないために、とうとう六本木ヒルズから撤退。六本木の防衛庁跡地に2007年1月に完成した「東京ミッドタウン」に転居した。ヤフーは、マイナスイメージを持たれているヒルズ族と呼ばれたくないがために引っ越したのだ。前代未聞の引っ越し理由である。コナミ本社も東京ミッドタウンへ移った。


 ヤフーは、六本木ヒルズ森タワーのテナント第1号。正式にオープンする以前から入居していた。いまでこそ六本木ヒルズは不夜城だが、当時は、ヤフーが入っている階に灯りがともっているだけ。ヤフーの入居が新興企業の呼び水になった。


 オープン当初、森ピルが頭を痛めたのはテナント募集だった。ゴールドマン・サックス、リーマン・ブラザーズなどの外資系証券会社やテレビ朝日は、森ビルが保有する東京・溜池のアークヒルズからの移転組だ。既存テナントが抜けたアークヒルズの空室率は40%に達したほど。なりふり構わず六本木ヒルズのテナントを集めた。


 森ビルが目をつけたのが新興のベンチャー企業。一定期間家賃をゼロにするフリーレントで呼び込んだ。ネットベンチャーにとってヤフーは目標だったから、ヤフーと同じビルに入居するのは願ってもないこと。ベンチャーの溜まり場である渋谷のビットバレーの勝ち組が、六本木ヒルズに移ってきた。


 しかし、ヤフーが彼らを歓迎したわけではない。同じビルでは、社員同士が親しくなり、ノウハウが流出することを恐れたからだ。三木谷浩史氏の楽天が入居するときには、ヤフーにお伺いを立てた。社員が顔をあわせないように別のエレベータを使用することが条件だったとの逸話がある。


 「ヤフーも楽天も入っているならオレも」と、対抗心をむきだしに入居したのがライブドアの堀江貴文氏だった。

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